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浅草寺のご利益や歴史は?境内のパワースポットと見どころも紹介します

浅草寺のご利益や歴史は?境内のパワースポットと見どころも紹介します

国内外からの観光客に大人気の浅草エリア。特に浅草寺は「江戸の雰囲気や歴史を感じられる場所」として、また「さまざまなご利益が期待できるパワースポット」としても人気を集めています。この記事では、そんな浅草寺のご利益・見どころを紹介していきます。

浅草寺とは

浅草寺(せんそうじ)は東京を代表する人気スポットのひとつ。浅草寺の周辺エリアでは、年間を通して多くの観光客の姿を目にします。まずはその人気の秘密を紹介します。

江戸情緒あふれる人気観光地

浅草寺の魅力は、なんといってもその雰囲気。大通りに面した「雷門(かみなりもん)」をくぐり、大勢の人でにぎわう「仲見世(なかみせ)」を歩いて行けば、時代劇のセットに紛れ込んだ(あるいは江戸時代にタイムスリップしたかのような)気分を味わえます。

仲見世の先には朱塗りが鮮やかな「宝蔵門(ほうぞうもん)」、その左手に見える「五重塔(ごじゅうのとう)」、道の真ん中に鎮座する「常香炉(じょうこうろ)」、そして「本堂(ほんどう)」など、見どころが満載。もちろん途中の土産物屋を覗いたり、せんべいや団子などの和スイーツを味わったりするのも浅草寺の楽しみのひとつです。

老若男女関係なく、多くの人たちに愛されている浅草寺。東京を訪れたなら、一度と言わず何度でも足を運びたい場所です。

浅草寺の歴史

浅草寺には深い歴史があります。伝承によると、この辺りが「観音霊場(かんのんれいじょう)」として信仰の場所になったのは西暦628年、今から1400年近く前のことです。隅田川(当時は宮戸川)で漁をしていた村人が聖観世音菩薩(しょうかんぜおんぼさつ)の像を発見し、土地の長がお堂を建てておまつりしたのが始まりとされています。

その後も源頼朝(みなもとのよりとも)、足利尊氏(あしかがたかうじ)、徳川家康(とくがわいえやす)など、多くの武将たちから信仰を集めた浅草寺。一方で江戸時代になると、庶民たちのあいだで「娯楽の場」として愛されるようになりました。その背景には財政難になった幕府に代わり、庶民が寄付をして寺を維持してきたという事情があるそうです。

浅草寺の境内は明治維新後に公園に指定され、見世物小屋や映画館、日本初のエレベーターを備えた展望台「凌雲閣(りょううんかく)」などが建設されました。現代とはずいぶん雰囲気が違うようですが、いつの時代も常に注目と人気を集めてきた場所だということがわかりますね。

浅草寺の概要・アクセス

名称金龍山 浅草寺(きんりゅうざん せんそうじ)
所在地東京都台東区浅草2-3-1
アクセス東武スカイツリーライン・東京メトロ銀座線・つくばエクスプレス・都営地下鉄浅草線:浅草駅から徒歩約5分
都営バス(日暮里駅・錦糸町駅・池袋駅より乗車):二天門下車 徒歩約2分
都営バス(東京駅より乗車)・京成バス「ぐるーりめぐりん」(上野駅より乗車):花川戸下車 徒歩約5分
駐車場なし
公式サイトhttps://www.senso-ji.jp/

浅草寺のご利益スポット紹介!

浅草寺にはさまざまなお堂があります。ここではとくに人気の高いスポットと、そのご利益をご紹介していきましょう。

所願成就|本堂(ほんどう)

浅草寺で最強のパワースポットともいえるのが「本堂(ほんどう)」です。約1400年前に隅田川で発見されたという浅草寺のご本尊、聖観世音菩薩が安置されていることから「観音堂(かんのんどう)」とも呼ばれています。ただしご本尊は「絶対秘仏」とされ、浅草寺の住職ですら見ることができないのだとか。ちなみに本堂の中は撮影禁止です。

本堂のご利益は「所願成就(しょがんじょうじゅ)」。つまり、あらゆる願いが叶うとされています。さらに7月10日は「四万六千日(しまんろくせんにち)」といい、この日にお参りすると46,000日(約126年)分のご利益があるそうです。

毎年7月10日とその前日の9日には「ほおずき市」が開催されるので、ぜひお参りついでに浅草の夏の風物詩を楽しみましょう。

学業成就など|六角堂(ろっかくどう)

本堂から北西方向に進むと「影向堂(ようごうどう)」という立派なお堂があります。が、ここで紹介したいのはそのすぐ脇に立つ「六角堂(ろっかくどう)」という小さなお堂。ここのご本尊は日限地蔵尊(ひぎりじぞうそん)といい、日数を決めて祈ると願い事が叶うといわれています。

日数を決めて祈るとは、たとえば「〇〇日後に△△(という願い事)が叶いますように」といったものです。願い事の内容に特別な決まりはありませんが「〇月〇日の試験に合格できますように」など、学業成就(合格祈願)を願う人たちからとくに人気があります。

ちなみに六角堂の建物は16世紀ごろに建てられたものとされ、都内でも特に古い木造建築のひとつだそうです。

商売繁盛・金運アップ|銭塚地蔵堂(ぜにづかじぞうどう)

商売をしている人や、金運アップしたい人に人気のお堂が「銭塚地蔵堂(ぜにづかじぞうどう)」。場所は浅草寺境内の一番奥、六角堂のさらに北西側です。

銭塚地蔵堂には、カンカン地蔵と呼ばれる石の像がおまつりされています。お参りの際はまず塩を奉納し、それから付属の石で石像をカンカンと軽く打ってからお祈りするとご利益があるそうです。

ちなみにお堂の下には「寛永通宝(かんえいつうほう)」と呼ばれる江戸時代の貨幣が埋められているそうで、それが「銭塚」という名前の由来になっています。

病気回復|薬師堂(やくしどう)

本堂のすぐ西側にある「薬師堂(やくしどう)」は、薬師如来座像(やくしにょらいざぞう)をご本尊とするお堂です。薬師如来とは、字から連想されるとおり「病気を治してくださる」仏様。このため薬師堂にお参りすると、病気回復のご利益があるとされています。

薬師堂の建物は1649年に建てられたもので、浅草寺では六角堂や二天門(にてんもん)に次いで古いそうです。もともとは橋のたもとにあったため「橋本薬師堂(はしもとやくしどう)」と呼ばれていたとのこと。1994年に現在の場所に移されました。

子授け・安産など|淡島堂(あわしまどう)

薬師堂のさらに西には「淡島堂(あわしまどう)」というお堂があります。ご本尊は阿弥陀如来像(あみだにょらいぞう)や淡島明神(あわしまみょうじん)です。淡島明神は女性の神様で、子授けや安産祈願、婦人病の回復、さらには裁縫の上達にもご利益があるとされています。

ちなみに毎年2月8日には、つかわれなくなった針を豆腐に刺して感謝する「針供養(はりくよう)」が行われます。手芸・裁縫が好きな人にもおすすめのパワースポットです。

縁結び|久米平内堂(くめのへいないどう)

縁結びのご利益があるとされているのが「久米平内堂(くめのへいないどう)」です。仲見世の終点(本堂側)近くにある小さな石のお堂ですが、参道に緑色の「のぼり」が立てられているのですぐに見つけられるでしょう。

久米平内というのは江戸時代の人物です。剣の達人で、夜ごと辻斬りを繰り返して多くの人を殺めてきたといわれています。久米平内は後に悔い改め、罪を償うために自分の石像を浅草寺の境内に埋めて多くの人に「踏みつけ」てもらおうとしました。この「踏みつけ」が「文付け」、つまりラブレターを渡すことと同じ発音であることから、江戸庶民のあいだで恋愛成就の聖地として広まったのだそう。

ちなみに久米平内の石像は、現在はお堂のなかに安置されているそうです。

火難除け・盗難除けなど|鎮護堂(ちんごどう)

仲見世の西側、浅草寺の本坊「伝法院(でんぽういん)」のそばに建つ「鎮護堂(ちんごどう)」。明治の初めごろに浅草寺住職の夢にたぬきが現れ、祠(ほこら)を建ててくれたら伝法院を火災から守ると約束してくれたという伝承から、火難除けのご利益があるとされています。実際、第二次世界大戦の東京大空襲でも伝法院と鎮護堂は焼失しませんでした。

また「ここで祈ると失せ物が見つかる」という評判から、盗難除けのご利益もあるのだそう。ほかにも「たぬき→他を抜く」という語呂合わせから芸事の上達のご利益があるとか、お堂のなかに壊れた首をつないだ石像があるため「首がつながる→サラリーマンがクビにならない」というご利益があるとも信じられています。

浅草寺のその他の見どころ

浅草寺にはさまざまなご利益があるパワースポット以外にも、人気の見どころが満載です。ここでは浅草寺の表玄関ともいえる「雷門(かみなりもん)」から、本堂に向かって進みながら注目のスポットを紹介していきます。

雷門(かみなりもん)

「浅草」と聞いて、多くの人がイメージするのが「雷門(かみなりもん)」。浅草観光のガイドブックやパンフレットなどでもおなじみの風景ですね。

ちなみに雷門の正式名称は「風雷神門(ふうらいじんもん)」といいます。名前の由来はもちろん、門の左右に安置された「風神」「雷神」の像。風と雷を操る神様をおまつりすることで、浅草寺が風水害から守られること、さらに五穀豊穣(ごこくほうじょう)を願ったと考えられています。

雷門はこれまで何度も焼失と再建を繰り返してきたそうで、現在のものは1960年に「95年ぶり」に再建されました。寄進したのは松下電器産業(現在のパナソニック)の創業者、松下幸之助氏です。

仲見世(なかみせ)

雷門から本堂に向かってまっすぐに伸びる「仲見世(なかみせ)」は、浅草寺の表参道にあたるエリアです。全長約250mの参道沿いにはさまざまな土産物屋が並び、参拝客や観光客を楽しませてくれます。

仲見世には江戸時代から多くの店がありました。特に20軒の水茶屋(みずちゃや。現代のカフェのような店)は「二十軒茶屋(にじゅっけんちゃや)」として人気を集め、それぞれの店の看板娘は浮世絵のモデルにもなったのだそう。町民のなかには看板娘に惚れ込んで、一日中茶を飲み続ける人もいたそうですよ。

今では水茶屋の代わりに、人形焼きや揚げまんじゅう、せんべい、雷おこしなどの和スイーツの店、扇子や刀(模造刀)、はっぴ、草履といった和雑貨などを売る店が続いています。

伝法院(でんぽういん)

「伝法院(でんぽういん)」は浅草寺の本坊(住職が住む建物)です。上で紹介した鎮護堂はこの伝法院のすぐ脇にあります。

1777年に建てられた伝法院の客殿や大玄関はおよそ250年ものあいだ、東京大空襲をはじめとする大火でも焼けることがありませんでした。建築当時の姿をとどめている建造物はもちろん、江戸時代の建築家・作庭家の小堀遠州(こぼりえんしゅう)が作ったとされる廻遊式庭園(かいゆうしきていえん)も見事で、2011年には国の名勝庭園に指定されています。

残念ながら建物も庭園も、現在は一般公開されていません。ただし不定期に「特別公開」されることがあるため、機会があったらぜひ鑑賞してみてください。

宝蔵門(ほうぞうもん)

仲見世の突き当たりにある「宝蔵門(ほうぞうもん)」も浅草寺を象徴する建物のひとつです。鮮やかな朱塗りの門は2階建てで、上階には「元版一切経(げんぱんいっさいきょう)」と呼ばれる経典が保管されているとのこと。元版一切経は鎌倉時代に北条政子(ほうじょうまさこ)が中国から取り寄せたものとされ、現在は国の重要文化財に指定されています。

宝蔵門の正面両側に安置されているのは2体の仁王像です。このため宝蔵門はもともと仁王門(におうもん)と呼ばれていました。ちなみに現在の宝蔵門は1964年に再建されたもので、仁王像もそれに合わせて新たに制作されています。

宝蔵門の背面、ちょうど仁王像の背中側にあたる部分に吊るされている魔除けの「大わらじ」も必見です。大わらじは10年にいちど掛け替えられますが、現在のものは片方だけで長さ4.5m、幅1.5m、重さ500kgもあるのだとか。「この様な大きなわらじを履くものがこの寺を守っているのか」と驚いて魔が去って行く……という意味が込められているそうです。

五重塔(ごじゅうのとう)

宝蔵門を過ぎると、左手に「五重塔(ごじゅうのとう)」が見えます。塔の最上階にはスリランカのイスルムニヤ寺院から送られた仏舎利(ぶっしゃり。お釈迦様の遺骨)が納められているそうです。

ちなみに浅草寺に塔が作られたのは西暦942年といわれています。当時は三重塔だったそうで、五重塔がいつごろ建てられたかははっきりしていません。なお三重塔や五重塔は、震災による倒壊や火災による焼失をなんども繰り返しています。江戸時代に建築され、明治時代には国宝に指定された先代の五重塔も、東京大空襲で焼け落ちてしまいました。現在の塔は1973年に再建されたものです。

常香炉(じょうこうろ)

宝蔵門から本堂に向かって進むと、道の真ん中に「常香炉(じょうこうろ)」が鎮座しています。常香炉は仏具の一種で、お参りをする前に身体を清める意味があるそうです。常香炉の周りにはこれから本堂にお参りする人たちが集まって、煙を体中に浴びています。

さらに、常香炉の煙には「邪気をはらう」とか「病気回復」といったご利益もあるそうですよ。ぜひここで煙を浴びてから、本堂へと進みましょう。

ご利益の宝庫!浅草寺の名所・パワースポットめぐりを楽しもう

この記事では浅草寺の主な見どころを紹介してきましたが、境内やその周辺にはまだまだ魅力的なスポットがたくさんあります。ぜひ現地を自分の足で歩きながら、お気に入りの場所を探してみてくださいね。

※ 本記事は2023年9月24日時点の内容です

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